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横浜地方裁判所 昭和43年(行ウ)17号 判決

原告 神奈川県商工団体連合会

被告 川崎北税務署長 ほか一名

訴訟代理人 小沢義彦 木暮栄一 白井文彦 酒井義昭 ほか六名

主文

原告の被告両名に対する本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  請求の趣旨(原告)

(一)  被告川崎北税務署長(以下「被告署長」という。)が分離前相原告有限会社小金井米殻店(以下「納税者小金井」という。)に対し法人税について昭和四一年九月二七日付でなした次の三事業年度分(以下「本件三年度分という。)に対する各再更正ないし更正と重加算税賦課決定処分(以下「本件更正等」という。)及び昭和四二年一月二三日付でなした「異議申立を棄却する。」旨の各決定(以下「本件異議決定」という。)の各無効であることを確認する。

1  昭和三七年八月一日以降昭和三八年七月三一日までの事業年度分の再更正及び重加算税賦課決定処分。

2  昭和三八年八月一日以降昭和三九年七月三一日までの、昭和三九年八月一日以降昭和四〇年七月三一日までの、各事業年度分の更正及び重加算税賦課決定処分。

(二)  被告東京国税局長(以下「局長」という。)が納税者小金井に対し、昭和四三年三月一八日付でなした本件三年度分に対する「審査請求を棄却する。」旨の各裁決(以下「本件裁決」という。)の無効であることを確認する。

(三)  訴訟費用は被告両名の負担とする。

二  請求の原因(原告)

(一)  (納税者小金井の申告)

納税者小金井は川崎市丸子山王町において米殻販売業を営むいわゆる白色申告法人であるところ、本件三年度分の法人税について、別紙各年度の「確定申告」欄のとおり各申告した。

(二)  (本件更正等)

被告署長は納税者小金井に対し右各申告を前提にして昭和四一年九月二七日別紙各年度分の「再更正(昭和三七年分)・更正(昭和三八・三九年度分)」欄のとおり再更正・更正処分及び重加算税賦課決定処分たる本件更正等をしてきた。

(三)  (前審手続)

納税者小金井は、昭和四一年一〇月二七日、本件三年度分の本件更正等を全部不服として被告署長に対し異議申立をしたが、被告署長は昭和四二年一月二三日「右異議申立を棄却する。」旨の本件異議決定をした。納税者小金井は右各決定を不服として同年二月二七日被告局長に対して審査請求をしたが、被告局長は昭和四三年三月一八日「右審査請求を棄却する。」旨の本件裁決をした。

(四)  (本件更正等の違法事由)

しかしながら、本件更正等には次の違法事由があるから、無効である。

1  (他事考慮による違法)

(1) 原告は、いわゆる県民商(神奈川県下の零細商工業者・低所得者の集りである、いわゆる権利能力なき社団。この下部にある各支部に個人加入する形式)として発足して以来、一〇数年間、税務当局とは、さしたる摩擦もなく、たとえば、確定申告時期の前後の頃には民商会員の所得決定のため、正式諮問に応じたり、民商に対する税務署側からの要請にも応じたりして解決するという関係が続いてきていた。

(2) しかるに、昭和三六年頃から、ひそかに、税務当局は、民商会員名簿を作成し、所得調査カード、税歴表に〈民〉〈特〉等のマークを押し、特別保存するなどし、そして昭和三八年五月、当時の国税庁長官は、いわゆる民主商工会(以下「民商」という。)の組織破壊を指示した。その例として、質問検査権に基づく税務調査を強化し、その事前通知の慣行を取止め、民商事務局員の立会があれば税務調査を打切り、徹底的に反面調査のうえ更正をせよ、などの指示であつた。これを受けて、被告局長は、神奈川県下の各税務署に対する指揮として、民商の勢力に応じて中央より係官を派遣し、神奈川県下の各税務署は、係長クラスをもつて民商対策要員として民商班を編成し、昭和三八年九月頃以降右の民商班の係官が税務調査と称して民商会員宅を一斉、急襲したのを始めとして、その後も引続き、前記指示どおりに実施してきた。とりわけ、川崎と藤沢との両税務署においては「民商会員立入禁止」の貼紙すら掲示するに至つた。

(3) のみならず、税務当局は、同年九月下旬、川崎市と藤沢市とにおいて、一〇万枚から一五万枚に及び民商誹謗文書(東京国税局と地元の税務署との作成名義)を市民に配布し、更に同年一一月には、地元の法人会・青申会・税理士会の連名で民商脱会勧誘目的の文書を郵送せしめた。当時、米殻商は生活自営上、又顧客の要求に押され、やみ米を扱うのが常識であつたが、税務署は、所得把握のためと称して右取引帳簿の提示方を強要した。もし、税務署員が国家公務員法に基づきやみ米の販売を告発すれば、米殻商の営業は成り立たなくなる時代であり、この関係を利用して米殻組合を通じ、公然たる民商脱会工作が行なわれた。

(4) 同年一〇月から翌三九年にかけて県下の各税務署は、民商会員に過少申告の事実があるとして、課税根拠もないのに弾圧目的のため、デタラメな推計に基づく更正を積み重ね、納税者(民商会員)本人に更正通知書を発送するまえに記者会見においてこれを発表し、民商を脱税団体でもあるかの如き宣伝を意識的に盛上げ、新聞種をねつ造して民商攻撃の宣伝活動を行つてきた。

(5) 右の弾圧の一環として、納税者小金井が原告の会員(かつ、分離前相原告の県民商川崎支部の一会員)であるだけの理由により、被告署長の所部係官は、税務調査と称して一方的に臨店し、かつ、一方的に右調査を打切り、反面調査をして、所得の金額(課税標準)を推計して本件更正等に及んでいる。このような本件更正等は、質問検査権の違法行為に基づくものであるとともに更正権の濫用であり、帰するところ、民商会員なるが故の差別待遇であるから、法の下の平等(憲法第一四条)に反し、かつ、民商の組織破壊を目的としてなされた結社の自由(憲法第二一条)に対する重大な侵害である。

2  (推計課税の要件と欠如)

本件更正等は、推計課税によつてなされている。しかしながら、被告署長側において、具体的原始資料を提示して更正すべきにもかかわらず、これを提示せずにした本件更正等は国税通則法第二四条に違反する。

3  (所得の過大認定)

被告署長は、納税者小金井の所得の金額を認定するにあたり、過大な売上差益率を適用してこれを過大に認定しているから、財産権の保障(憲法第二九条)に違反する。

(五)  (本件異議決定・本件裁決の違法事由)

なお、本件異議決定及び本件裁決には、次の違法事由がある。

1  (意見陳述権の実質的侵害)

異議申立手続、審査請求手続において、申立人(納税者側)に口答意見陳述権が与えられている(行政不服審査法第二五条、国税通則法第八四条、第一〇一条)のに、意見陳述の機会を実質的に奪つたままなされた本件異議決定、本件裁決には、手続上の違法がある。

2  (理由を付記しない)

本件異議決定及び本件裁決は、いずれも原処分である本件更正等に至る具体的根拠の理由が記載されていないから、本件異議決定及び本件裁決には「理由を付記しない」違法がある。

(六)  (結論)

よつて、本件更正等・本件異議決定・本件裁決には、以上の如き各瑕疵があり、納税者小金井を原告から脱会させようとするみせしめ的の処分であるから、会員に対する処分ではあるが、それは同時に民商に対する弾圧でもあるので、原告は、独自の権利として本件更正等・本件異議決定・本件裁決の各無効確認を訴求する。

三  本案前の申立(被告両名)

主文と同旨。

即ち、原告は、本件訴訟につき法律上の利益を有しない。

四  請求の趣旨に対する申立(被告両名)

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

五  請求の原因に対する答弁(被告両名)

(一)  請求の原因(一)ないし(三)項の事実は、いずれも認める。

(二)  同第(四)項1中、

(1)は争う。即ち原告が主張するように、税務当局と民商との関係は平隠でもなければ正常のものではなかつた。その実態は、むしろ、税務署に対する威圧と評すべきものであつた。

(2)も争う。昭和三八年五月の国税庁長官の指示及びこれを受けた被告局長の指示は一般納税者の信頼を得るようにされたい、とのことであつて、民商組織に対する弾圧を指示したものではない。貼紙の掲示の趣旨は納税者たる民商会員及び有資格代理人の出入を禁止する趣旨ではない。

(3)  民商を誹謗する文書や攻撃する文書を配布したことはない。昭和三八年九月以降、民商会員に対する税務調査が開始されるや、民商事務局員は、一般市民に対して事実をゆがめた不当な宜伝活動を盛んに行ない、税務調査の妨害を繰り広げていたので、これに対処するべく、藤沢税務署は税務署側の真意を正しく認識してもらう必要上、チラシを新聞に折込み配布し、他方民商会員に対して「民商事務局員のなすがままに任せておけば税金が安くなるのではないか」といつた誤解を解消せしめるとともに、本来あるべき姿に立ち返つて税務調査に協力されたい旨の文書を送付した。これらの広報活動は、課税権を正常に行使するための税務行政上の必要性に基づくものであつた。

(4)は否認。

(5)も否認。

2は否認。

被告署長の所部係官は、本件三年度分の法人税に対する税務調査として昭和四一年四月以降同年六月までの間に前後四回にわたり納税者小金井方に臨店したけれども、極めて非協力的な態度のため、実額による所得の金額を算定することは不可能であると認められたので、被告署長は、やむを得ず取引先等の反面調査によつて知り得た課税資料等を基礎として、法人税法第一三一条(昭和三七年八月一日から昭和三八年七月三一日まで及び昭和三八年八月一日から昭和三九年七月三一日までの各事業年度分については、昭和四〇年法律第三四号による改正前法人税法《昭和二二年法律第二八号、昭和二五年同七二号追加、昭和二六年同六四号、昭和二九年同三八号、昭和三七年同六七号改正》第三一条第二項)の規定により所得の金額を推計した結果、本件三年度分の各確定申告額と異つていたので本件更正等を行なつたのである。

3の内、その主張のとおり被告署長は納税者小金井の所得の金額を推計した事実は認めるけれども、その余は否認。なお、被告署長側が本訴において主張する本件三年度分の平均差益率は一〇・五三%である(これが妥当することは、納税者小金井が翌昭和四一年七月期の確定申告額から差益率を算出すると一一・三%となつている事実から裏付けられる。)。右平均差益率に基づき本件三年度分の各所得の金額を推計すると、昭和三八年七月期は三、七〇四、五四八円、昭和三九年七月期は二、八〇九、四〇七円、昭和四〇年七月期に三、〇四三、〇五〇円であり、本件更正等において、認定した所得の金額は昭和三八年七月期の二、七七九、二七七円、昭和三九年七月期の二、三八四、七〇九円、昭和四〇年七月期の二、九六七、八二〇円であつて、いずれも右所得の金額の範囲内であるから本件更正等は適法である。

(三)  同第(五)項の事実は、いずれも否認。いずれにせよ、原告の主張は「原処分の理由を開示しない違法がある。」ということに帰するが、所得の実態について、最も精通しているのは納税者であるから、更正所得金額に納得がいかないのであれば、納税者側で具体的な数字をあげて原処分(更正)を攻撃することは常に可能なはずである(しかし、実際問題として納税者の申告額が正しいという主張立証をしていない)し、異議決定・裁決の付記理由に具体的数字を掲示していないからといつても、推計の要領は記載してあるから、更正の根拠が全く判らないと非難される理由はない。

(四)  同第(六)項は争う。

(五)  本件更正等による所得の金額の算定根拠は、およそ次のとおりである。

1  昭和三八年七月期分

被告において算定した販売原価六五、八六〇、六三一円に、原告の事業と同業種の事業を営む法人の差益率(売上金額に対する売上総利益の割合、以下同じ。)九・五%を適用して売上金額七二、七七四、一七七円を算出し、それに原告の事業と同業種の事業を営む法人の営業差益率(売上金額に対する営業利益の割合、以上同じ。)四・一%を乗じて営業利益二、九八三、七四一円を算出した。更に右金額に原告の申告に係る歩戻金奨励金三九〇、六四三円及び調査の結果確認した簿外普通預金の受取利息二〇、六七八円の雑収入を加算し、原告の申告にかかる営業外損失六一五、七八五円を控除して所得金額二、七七九、二七七円を算定したものである。

なお、右販売原価六五、八六〇、六三一円は次のようにして計算した。

訴外東京電力株式会社神奈川支社において確認した原告の期中の使用電力量一一、〇六六キロワツトから賃もち加工等のために使用したものと認められる電力量二〇〇キロワツトを控除した残の一〇、八六六キロワツトを、玄米一俵(六〇キログラム)当りの搗精した玄米の数量七二四、三八〇キログラムを算出し、更に右数量から原告が仕入に計上しているものと認められる統制米及び統制米以外の玄米の数量を控除した残数量六七、二二四キログラムに、精米換算歩合(〇・九)を乗じ、それに一キログラム当りの仕入単価と認められる八〇・〇二円を乗じた四・八三三・六一九円を原告の申告にかかる販売原価六一、〇二七、〇一二円に加算して算定したものである。

2  昭和三九年七月期分

原告の仕入先等に対する反面調査により確認した販売原価六九、三六〇、二八〇円に、原告の事業と同業種の事業を営む法人の差益率一〇%を適用して売上金額七七、〇六六、九〇〇円を算出し、それに原告の事業と同業種の事業を営む法人の営業利益率四%を乗じて営業利益三、〇八二、六七六円を算出した。更に調査の結果確認した川崎米殻商事業協同組合からの受取奨励金等二五五、三四八円、簿外普通預金の受取利息五、七八九円及び簿外定期預金の受取利息二五二、五〇〇円等の雑収入を加算し、原告の申告にかかる営業外損失九九四、六八四円並びに未納事業税二一六、九二〇円を控除して所得金額二、三八四、七〇九円を算定したものである。

3  昭和四〇年七月期分

原告の申告にかかる販売原価八二、七二七、九〇六円に、原告の事業と同業種の事業を営む法人の差益率一一%を適用して売上金額九二、九五二、七〇〇円を算出し、それに原告の事業と同業種の事業を営む法人の営業利益率四%を乗じて営業利益三、七一八、一〇八円を算出した。更に調査の結果確認した川崎米殼商事業協同組合からの受取奨励金等一五一、〇六六円、簿外普通預金の受取利息二、六一六円及び簿外定期預金の受取利息三五五、〇〇〇円等の雑収入を加算し、原告の申告にかかる特別経費一、〇九六、四九〇円並びに未納事業税一六二、四八〇円を控除して所得金額二、九六七、八二〇円を算定したものである。

理由

思うに、税務署長がした更正、再更正、重加算税賦課決定等の課税処分並びに右の処分に対する異議棄却決定、国税局長がした右の棄却決定に対する審査裁決等の無効確認を求める訴の法律上の利益は、特別の事情のない限り、右の課税処分等の直接の相手方である納税者自身がこれを有するに止まり、右の納税者以外の第三者は、たとえ、右の課税処分等により何らかの不利益を蒙ることがあつたとしても、それは単なる事実上の不利益であつて、右訴による権利保護に値する利益を侵害されたものとはいえないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、原告は承認前の神奈川県民主商工会川崎支部の会員であつた納税者小金井に対する本件三年度分の法人税についての課税処分等の無効確認を訴求するものであつて、原告自身に対する課税処分等の無効を訴求するものではないところ、たとえ原告が納税者小金井に対する右の課税処分等により、結社権侵害等の不利益を蒙ることがあつたとしても、それは単なる事実上の不利益にすぎず、従つて、原告は右の課税処分等の無効確認を訴求する法律上の利益を有せず、その他特別の事情の存在も認められないから、本案の当否について判断するまでもなく、原告の本訴請求は不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤廣國 龍前三郎 川勝隆之)

別紙〈省略〉

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